私が吉村先生のことについて、ここに連載するに至った経緯は冒頭の感想文が代表理事の津島 素さんの目に止まったため。必ずしも適任者ともいえません。
他にも研究会で先生と親交の深かった方や、竹中工務店設計部で
先生に親しく接してこられた方々、適任者は多々おられると思いますが「縁は異なもの・・・」と申します。
むしろ先生とは疎遠であった私の方が客観的に記述しやすいこともあろうかと、先生のことを知悉されている方々の 支援をとりつけて、「味読「やさしさを生きる・・・」(吉村先生へのオマ−ジュ)」というタイトルで連載させていただきます。
各回毎のサブタイトルの俳句は私の駄句。読み飛ばして下さい。「やさしさを生きる・・・」からふんだんに細川和昭さんの写真を数多く引用させてもらいますのでこちらはお楽しみに。
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第2回
惜別の献花の列や冬薔薇(ふゆそうび) あきら
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2005年2月26日、芦屋ホ−ル。
無宗教葬形式で告別式が営まれました。
女性アンサンブルによる弦楽奏の調べが流れる中、ご親族、先生のクライアント、竹中工務店で先生の後輩にあたる錚々たる方々をはじめ、先生の薫陶を得た女性設計者らが多数参列。
清々しい氣が漂うお別れの式でした。
私はこの時、ふいに90歳現役で亡くなられた先生に深い感慨を覚えました。
50歳半ばで脳梗塞に倒れ、建築の仕事からも遠ざかっていましたが「90歳現役にチャレンジ」を心密かに機したものです。
この日この時を契機として私の中で「吉村さん」から「吉村先生」と意識するようになったわけです。
この年、1月25日にお見舞いに行かれた方を通じ「本の感想文の返礼として井上君に渡して下さい」と吉村邸の私的な写真と深江の外人住宅(深江文化村)の写真などが綴じられたスクラップ帳を頂戴。
こうしてW.Mヴォ−リズ(1880−1964)から先生の父君そして先生を通じて”健全なる精神の松明”が私に静かに手渡されたのも奇しきご縁と申せます。
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第3回
蹲いや青葉湛(たた)えて足るを知る あきら
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先生は「足るを知る」という精神の大切さを随所で力説されています。仏教では貪淫(むさぼり・あくどい欲)を三毒の一つとして強く戒めています。
禅の重要な教えの一つでもあり、臨済宗竜安寺の竜安寺蹲(つくば)いは、口を中心に「吾れ唯足るを知る」の偏(へん)と旁(つくり)を分解して配置した機知に富んだデザインでよく知られています。
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先生のご両親がクリスチャンだったので、生まれてすぐ洗礼を受けられました。
衣食住の生活信条は質素・謙虚を旨として慎ましく、禅僧を髣髴(ほうふつ)させられました。
キリスト教と仏教との佳き教えが先生の体内で一体化し、あたかもパンと餡(あん)とを融合させて雑種の個性をもった銀座・木村家のパンが生まれたように「吉村康雄」という新種の個性を形成してこられました。
先生の思想の一端がうかがえる「自然とともに謙虚に建てて、控えめに暮らす」という一文をご紹介しておきます。
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自然とともに謙虚に建てて、控えめに暮らす。
住まいは、家族団欒の中心であり、子供たちがその感性を豊かに育む場所であり、あるいは情報化社会で疲労した精神を解き放つ場所でもあります。そのために、欠かせないのが自然との関わり。今回のプランニングにあたっては、住まいにできるだけ多くの自然を取り入れ、活かす方向で計画しています。その時、庭はとりわけ重要な要素になります。
限られた敷地の中で、できるだけ大きな庭を確保するために、建物自身を合理的にまとめ謙虚に配置させています。日本の土地状況を考えれば、それほど広い敷地は望むべくもなく、そんな敷地にギリギリいっぱいに建てた住宅は、結局は周辺環境への配慮を欠いた住宅にしかならないと考えるからです。
そんな努力の中で創出した庭だけに、自然の草花をたくさん植えてみてはいかがでしょう。子供たちといっしょに水をやり、やがてそのまわりに誕生する蝶や虫たちと親しむ─―自然とともにある環境です。子供たちはそんな環境の中で、豊かな感性を育んでいきます。ふるさと―─それは子供たちがやがて成人して、厳しい社会で生きていく時の勇気であり、エネルギーの源となります。謙虚に建てて、控えめに暮らすことで実現する、自然のある豊かな環境を整えることは、大人たちの責任だと思うのです。
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吉村邸というのは、アメリカの宣教師で名建築を数多く残したW.M.ヴォ−リ−ズの薫陶を得た先生の父君が1922年(大正11年)に設計して作られたもので、1995年、阪神大震災で損傷を受けるまで70年以上、先生ご自身が生活してこられた「生きられた住居」である実践に大きな価値があるといえます。
震災後は基礎をそのままに使い、つまりほぼ同じ間取りで、60ミリ×120ミリの角ログを壁と床に用いた先生のオリジナルデザインになっています。
これこそ「親子二代で一世紀近くの歳月をかけて熟成された、雑種としての新しい個性をもった日本の住居のプロトタイプ(原型)」といえるのではないかと思っています。
いまだに和と洋のあいまいな雑居状態に訣別できない多くの住宅に較べていかに示唆に富んでいることか、その本質をじっくり写真で味わって下さい。
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参考
「生きられた家・・・経験と象徴」 多木浩二著 青土社
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